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あひのん日和!【第4話】あひのん

◇ATTENTION◇

この話は、花園家で繰り広げられるあひるとののんの日常です。

うp主は一次創作者ですが、あくまで「花園家のあひのん」としてご覧ください。



*****



 2015年7月22日、響姫あひると音暖ののんの華々しいデビューの日である。


「はぁああああああ……ッ」


 あひるは深い息を吐いた。可愛く振る舞えたか。声は震えていなかったか。終わった事を意味もなく考える。ついさっきまであの煌びやかなステージに自分が立っていたことが信じられない。


「のんちゃん、大丈夫かな……」


 今朝、ド緊張している私を励ましてくれた。私より小さい背中がやけに広かった。だけど。


「私があまりに頼りないから、緊張する余裕すら無かったんじゃなかろうか……

大丈夫かなぁああぁぁあぁああぁ……ッ!」

「ただいまんもす」

「ハッただいっ違う違うおかえり!」


 いつの間にか終わってた。応援しようと思ってたのに! 私ってば本当馬鹿!


「だっだだ大丈夫だった!?」

「あはは、足が震えちゃってもーガクガク。恥ずかしい」

「のんちゃあああん! 偉かったねぇー!」

「あ、今手汗凄いから止めて拭かせて」

「衣装は駄目だよ! スタッフー!」


 微かに震える肩を抱き締める。今朝のお返しになるだろうか?


「暑いんですけど」

「だって、のんちゃん震えてる」

「さっきとは違う意味でね」

「ひぇっ!」


 何故か怒らせてしまった。確かに体が熱い気がするし見るからに顔が赤いから相当暑いのだろうか。自分自身も緊張で体から蒸気が出ていそうなくらいだ。しまった。そりゃ暑いわ。

 いや、照れてるだけかも?とチラリと顔を覗くが、眼光がガチだったので大人しく冷たい飲み物を差し出した。暫くののんパイセンを眺めていたが、なんか違和感。


「のんちゃん機嫌悪くない?」

「うん」

「そんなに厭だったの? ごめん! 何でもします!」

「……」


 いつもだったら「え? 今、何でもするって言ったよね?」と突っ込んでくれるのに無言の返事。マジか。あひるはまたやらかしたのか。


「違うよ」

「……へ?」


 このシリアスな場面で、自分でも思った以上に情けない声を発してしまったことは実に汗顔ものであったが、再び静かな怒りを孕んだ呟きに意識を集中させた。


「……自分に怒ってるの」

「えっ何処に行くの?」

「帰ります。もう終わったでしょう?」


 そう言って早足で歩く背中を私は反射的に追いかけた。

 なんてことだ。私は人の評価ばかり気にして怯えていたというのに、ののんちゃんは自分自身に怒っている? 何故? 足が震える程緊張していながらもステージの上に立って堂々と歌ってきたというのに、今日の為に練習を積み重ねてきたというのに、どこに怒りを覚えるというのか。褒めてあげてもいいんじゃないのか。私だったら御褒美にあひるグッズ買いに行くぞ? というか買いに行くつもりだったし!


「どうして? カッコ良かったよ? 歌ものんちゃんらしさ全開で魅力がぶわぁあああって伝わったもん!」

「別に励まして欲しくない。放っておいて。……ごめんなさい。貴女のせいではないから」

「……」


 怒っているところを初めて見た。のんちゃんは大体無表情か微笑んでいるかのどちらかだ。いつも穏やかな子なのだ。私がドジをやっても苦笑いしながら手を差し伸べてくれるような、そんな子で。そんな彼女が自分自身にこんなにも静かで噴火してしまいそうな怒りを滾らせている。私は何て返事をすればいいのか分からなかった。



*****



「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 消え入りそうな溜息が部屋に溶けていく。

 てっきり私は「デビューおめでとう会」みたいな事をして盛り上がって疲れて寝て、みたいな1日を想像していた。だがしかし現実はこれだ。


「もー! なんでいっつも振り回すの!」


 前言撤回。のんちゃんはおこちゃまだ。自分勝手で利己的ですぐ相手を振り回す大人の皮を被った我が儘ガールだ。


「……何で、怒ってるのよ。馬鹿」


 不満を空気に伝える。聞いているのは私だけ。


「よし! クッキー焼いて突撃してやる!」


 あひるの良いところは切り替えが早いところだ。嘆くのもそこそこに勢いよく立ち上がり、そそくさとキッチンへ向かい材料を確認し始めた。あの日のののんのように部屋に押しかけてやろう。キリッと眉を上げ、そう決意する。



*****



「へーいかんせーい! うん、我ながら上出来」


 普通の型抜きクッキーだが、家鴨の形にオレンジピール入りのプレーンとココアの2種類で頑張ってみた。


「待ってやがれのんちゃん! あひるpowerとオレンジの爽やかさで君を笑顔にしてみせる!」


 そう意気込んでののんの部屋の前に仁王立ちする。


「……歌?」


 綺麗なウィスパーボイスが聞こえる。これは、ののんのデビュー曲だ。


(もっと聴きたい)


あひるはノックも忘れドアを開けた。


「~♪ ……っ心臓が出るかと思った死んだらダイイングメッセージにduckって書くから」

「OMG!」


 肩を大きく揺らし裏返った声でいつものシャレを言うののんに少し安堵する。


「クッキー焼いたの! ほれ! あーん💓」

「え……手洗った?」

「酷いな洗ったよ!」

「ならば良し。……ん、オレンジピールか」

「どう!」

「私、オレンジピールとチョコレートの組み合わせがどうしても許せないのよね」

「やっちまったああああああ!」

「それ私の分?」

「あっいやっアタシのデス!」

「だったら何故隠した。よこしなさい」

「……はい」


 許せないと言いつつぱくぱく食べる様子がいつか動画で見たハムスターと重なり、吹き出しそうになるのを唇を噛み締めて抑えた。


「んー焼きが甘い」

「次回頑張ります」

「次もあるの? 楽しみ」


 いつもの笑顔だった。


「のんちゃんてさー割と餌付けされるよね」

「この世の美味しい食べ物に感動するよね」

「会話になってないよ?」

「意外とねー有名な店のバカ高いタルトとかよりスーパーで20%引きになったスポンジケーキの方が好きだったりするのよねー……あっ勿論貰えるなら良いところのが嬉しいけど」


 食べ物好きすぎか! 太るぞ! と思いつつ真面目に語る横顔を眺める。


「マカオのエッグタルトは人生で一度は食べなくちゃ……って何ですかその顔気持ち悪いです」

「え"!どんな顔!?」

「教えない」

「えー? おせーてーおせーてくれよぉー!」

「やかましい」

「ウザさが売りですモーン!」

「あなかま」

「新手のかまぼこかなぁ?」

「あー笹かま食べたい」


 のんちゃんとの会話は話題がコロコロ変わる。割と食べ物の話題が多くて、肉じゃがとかブリ大根とか和食が好きだという事と、最近は焼き菓子が好きだという事を知った。パンはフォカッチャとかCO○TCOのベーグルみたいな甘くなくてガッシリしたものが好きだとか。そう言えばドーナツもいつもオールド〇ァッション食べてるな。割と重いものばかりだ。……って何を考えているのだろう。


「ちなみに私はブロッコリー推しです。ブロッコリーって漢字で書ける?」

「書けない」

「もー即答! クイズとかもうちょっち付き合ってくれてもいいんじゃない?」

「どうでもいいことに頭使いたくないのー」

「それレ〇トン教授でも言ってた! 考えるのが楽しいんだよ?」

「ゲームで悩みたくないんだけど。RPGでガンガン戦ってるほうが合ってる」

「やっぱり脳筋なんだよなぁ。流石マ〇カーでク〇パ使う人だわ」

「うるさーい。高火力で敵を粉砕するのは皆のロマンだと思ってる。エンタメ。見るだけだったら推理戦好きだけどね」

「あー人狼とかね。」

「汝は人狼なりや?」

「否!家鴨なり」

「狼に喰われてしまえ!」

「ひぇー! 食物連鎖!」


 ふと思い出す。くだらないことで笑いあっているうちに本来の目的をすっかり忘れていた。ののんは何故怒っていたのか。


「ねぇ、何で怒ってたの?」

「ん? あーなんか練習通りに上手く歌えなくてイライラしてただけ。で、ちょっと練習してた。デビューしてからが始まりでしょ? なんかあんな歌でデビューしていいのか不安になって。……心配かけてごめんなさい。一緒に居ても態度悪いだけだからと思って帰ろうとしただけなの」

「……そっか。アタシなんてご褒美に何買おうかなとか考えてたよ」

「それでいいんじゃない? 頑張ってたもの。ああそれと、後でマスターがデュエット曲の楽譜渡すと伝言を……」

「なんすって!?」

「でゅえっです」

「デュエット! のんちゃんと?」

「うん」

「えー! 楽しみすぎて眠れないかもー!」

「寝て五月蝿いから」

「寝まーす!」

「あーお腹空いた」

「息を吐くように言うよね」

「口癖というか事実というか」

「まだ16時ですよ?」

「あー眠ーい。寝るから出てって」

「えぇ? もー分かったよおやすみ!」

「あー待って言う事がある」

「もう何?」

「私ね、励まされるのとか大嫌いなの。変に気を遣われるのも。だから、いつものあひるちゃんでいて。私は勝手に自己完結するタイプだから」

「と言われましてもねぇー」

「お菓子くれるんだったらいいけど?」

「考えておきます」


 のんちゃんみたくツーンとクールに返してみたが、本人は既に布団の中で寝る体勢を整えようともぞもぞしている。やっぱりハムスターっぽい。と言ったら怒られるので心の中に留めておく。静かになったところでおやすみと呟き部屋を後にした。

 のんちゃんは気分屋だけど頑固だから、自分の信念とか、理想とか曲げないで突き通せる人だ。でも、全部抱え込もうとするから、心配になる。実際1日経ったらケロッとしてたり対策を思いついていたりする。だけど、変なところで根に持つところがある(例えば、TVで可愛いわんちゃん映ってたから起こして上げたのに!と二度寝から覚醒したのんちゃんに言ったことを未だに覚えてたりする。もう私がどんな犬だったか覚えていない。言ったことすら忘れていた)からきっと繊細で、でも変に図太いというか。兎も角、のんちゃんって振り子みたいな人だと思うふらふらしてるように見えて、実は軌道は決まってるんだ。



*****



「はっぴーでびゅーでーとぅーあひーるーえーんののーん!」

「うえ~ん2人ともおめでとぉ~!」


 謎の異国人風訛りでクラッカーを鳴らすマスター(花園)と私の音声提供者(ぐあっぐくん)さん。


「娘を嫁に出す母親の気持ちってこんな感じなんだろうね、うんうん2人ともお幸せに……!」

「あ、じゃあ僕父親やぁります!」

「おろー? 頑張れー!」


 あーそう言えばこんな光景よく見てたわーとここに来る前の記憶を辿る。いつも2人でわちゃわちゃしてたなー、突拍子もなく花園さんがぐあっぐくんさんに書類とか大量に送り付けてたことを思い出す。それにしても相変わらずふわっふわしてる2人だな。ぐあっぐくんさんが花園に優しすぎるから調子に乗るんだよとか愚痴りつつ、花園がぐあっぐくんさんに声を掛けていなければ自分は今ここにいないという事実に少し恐怖を感じ、お幸せに……と皮肉な笑顔で見つめた後、横にいるのんちゃんに目をやる。


「ン目と目が逢う~♪」

「これまだ食べちゃ駄目?」


 どうやら親馬鹿2人がいつまで経っても話しているので美味しそうなディナーを前に生殺しをくらっているののんは妙に切なそうな顔をして上目遣いで訊いてくる。「その顔使う場面間違ってるなー!」と思いつつ頭をぽんぽんと撫でる。不服そうである。可愛い。そんな可愛い彼女の為に声を張る。


「ますたぁー! まだですかー? いちゃいちゃするのは後にしてくださーい!」

「あい。すまんの。そうよね保護者が盛り上がっちゃ駄目よね。主役はあひのんだもの」

「ううっ泣きそう!」

「泣いてるよー」

「あ~尊い~!」

「マスター!」

「あい分かった。えーと、ぐあちゃんや、シャンペーンを開けてくれ給へ」

「あいさー!」シュッ

「あっ全然飛ばない! 地味!」

「眼鏡のレンズが割れる可能性が減ったぜ」

「ピンポイント過ぎるよwww」

「眼鏡は消耗品だからね。(?) さぁさ、シャンパーニュを注ぐのだよ!」

「かしこまりました!」


 シャンパンでもシャンペンでも何でもいいから早くしろと突っ込みを入れる。そわそわしてるののんを横目で確認した。


「ではののちゃん! 宜しくお願いします!」

「おう。ではでは、あひのんデビューおめでとうございます! 乾杯!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 ローストビーフとやらブレッドやらカナッペやらちょっと背伸びした料理が並ぶ。のんちゃんは好きなものだけを取るタイプらしい。私はついつい全部取ってしまい後悔するので賢いなーともぐもぐするのんちゃんを眺める。マスターも同じ感じで既にスイーツを取っているところまで似ている。

 食べるのもそこそこに、ののちゃんことマスターはぐあっぐくんさんと何やらごそごそ準備をしている。陰からカラフルな箱が覗いた。あ、見ちゃ駄目なやつだ。


「あひるちゃん?」

「なんでもないよ」

「あっひるーん! のっのーん! カムヒアー!」


 マスターの指示に従い、某段ボール製ステージに上がる。妙に真剣な顔のマスターとまた涙目になっているぐあっぐくんさん。


「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「うえーん!」

「ちょっとwwww はい駄目リテイク! んん!

その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


 どこかで聞いた事のある文面、そして泣く親。これは。


「ぇ……と?」

「誓います」

「のんたそ!?」

「(終わりませんよ)」


 だからと言ってそんな簡単に言えることじゃないと思うのだが……しかし、本当に終わらなそうな空気を感じて、観念することにした。


「……誓います!」


「エンダアアアアアイヤアアアアアアア」

「尊い……うぅっ!」


 こんなに喧しい結婚式があってたまるか! 大体突っ込みが私しかいないってどういうこと!? 過労死するわ!フォアグラになるぞ!

 そんな気持ちがついつい顔に出ていたのか、のんちゃんに肩をぽんとされた。


「はーい! 花束の贈呈でーす!」

「それ結婚式じゃないよね!?」

「まぁまぁ! それ! ブーケブーケ!」


 花園さんからブーケを貰う。オレンジのガーベラが可愛らしい。のんちゃんもぐあっぐくんさんに泣かれながら渡されて凄く困ったように笑っている。


「あ、ブーケトスします?」

「あっ落としそうなので遠慮します」

「じゃあ遠慮なく」

「ちょっ!」


 会話のドッジボールが得意なののんが花園さんに向けてブーケを投げる。そして全身を使って優しくそれを受け止めた。(尻餅を添えて)


「凄く運動出来そうな感じでした!」

「鈍臭くて動きがオーバーになっただけだけどね!」

「ぐあさーん! ヘイパース!」

「えっえっ!」

「ナイスキャッチ!」

「え、何それ優しい。何で私だけ尾骶骨負傷したの?」

「のんちゃんのせいです」

「ののん!」

「おめでとうございまーす」

「あーいいねぇー幸せが満ち溢れてるよぉ~うんうん!」


 そんな親馬鹿全開な2人の愛情を受け、あひるとののんは新たな一歩を踏み出したのだった。


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